☆ ライオンの爪
 
 

(百獣の王)
成獣になると雄で体長2.4m、体重250kgを超える陸上に生息する世界最強の肉食獣。その強靭な肉体でサバンナを駆け、獲物を捕らえるライオンは百獣の王と呼ばれ、かつてはアフリカやヨーロッパ南部、アジアの広い地域に生息していました。現在ではアフリカのサハラ砂漠やインド北西部(グジャラト州ギル森林保護地区)に生息するのみとなり、ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)でその取引が禁止されるなど絶滅が危ぶまれている野生動物です。

 

(ライオンと人間の関わり)
昔から勇敢と強さのシンボルとされてきたライオン。人間との関わりは以外と深く、石器時代には洞窟の壁画に描かれ、古代エジプトではライオンの身体に翼と人の頭を持ったスフィンクスとして神格化されていました。キリスト教においてはベネシアの守護聖人、聖マルコの象徴として有翼のライオンが用いられ、かつてのベネシア共和国の国旗やサン・マルコ広場の像を含めた、ベネシアの至るところでライオンの像を見ることができます。ヨーロッパ、特に英国ではライオンは王族や皇族、騎士団の紋章として古くから繰り返し使われてきました。イギリス王室の紋章としては一貫してライオンが用いられ、勇猛なことで知られるリチャード1世(1157-1199年)は「ライオンの心を持った王(lion hearted)」として称えられていました。

 

(ライオンの爪とアンティークジュエリーの接点)
このライオンとアンティークジュエリーの接点は多く、様々なオブジェに用いられてきました。面白いのは男性用のジュエリーが多いということです。やはり、勇敢さと強さのシンボルは男性用ジュエリーの恰好の的で、女性には受け入れられなかったということでしょうか。特に、今回のテーマである生きていたライオンの一部分であった爪を用いてジュエリーにするということは、あまり女性趣味ではなかったような気がします(ライオンの爪のイヤリングなど存在しますが例外的です)。その歴史的背景を少し探ってみましょう。
18世紀後半にイギリスで始まった産業革命は近隣各国に広がり、世界の富をヨーロッパに集中させ、多くの上流階級に富をもたらしました。富を持て余した一部の富豪や貴族たちの間ではアフリカやインドなどへの猛獣狩りツアーが流行しました。こうした猛獣狩りツアーは第一次世界大戦が始まる20世紀初頭(1914年頃)まで続きます。1901年にアメリカ合衆国の第26代大統領になり、1906年にノーベル平和賞を授賞したセオドア・ルーズベルトも猛獣狩りの大ファンでした。1909年には250人のポーターとガイドを連れてアフリカへの猛獣狩りツアーにでかけ500頭の大物を含む1100頭の見本を収集したことで有名です。このような大規模なツアーは例外かもしれませんが、当時、アフリカやインドに猛獣狩りツアーに出かけ獲物を持ち帰ることは財力に裏付けされた人ができたことで、これらの猛獣の素材を使ったジュエリーを身に着けることは、その財力を誇示、または、猛獣に勝る勇敢と強さを象徴する意味合いも込められていました。特にライオンの爪は、その形から一見しただけでそれと分かり、大きさも手ごろなので男性用ジュエリーの素材として持て囃されたのでしょう。

 

(ライオンの爪が意味するもの)
その後、人々の自然や野生動物に対する価値観が変化し、それらを保護することへの感心が高まりました。1973年にはワシントン条約が採択され、多くの動植物の取引が禁止されると共に、各国の法律で猟そのものを禁止するようになったのもその流れを受けてのことです。現在では、これらの条約や各国の法律で猟や取引が禁止されている野生動物の素材を用いてジュエリーを作ることはとても困難なことですが、野生動物にとっても人類の将来にとっても良いことではないでしょうか。
こうしてアンティークジュエリーの素材としての野生動物やライオンの爪にスポットを当ててみましたが、当時のジュエリーが富や権力、美意識などを象徴していただけではなく、勇敢さと強さをも意味することがあったとはアンティークジュエリーの奥が深いところです。ある素材の歴史を考察することでアンティークジュエリーの違った見方ができるのはとても興味深いことですね

 
Lion claw